その2

 

C:私は逆に施設ってものは一切経験はない。

 

星:何やっていたの、元々?

 

C:元々は普通に勤めをやって結婚して専業主婦で。何でヘルパーを取ろうと思ったのかな? なんか広告ではないんだけど興味を持って、で、本気でやらないで、ちょこちょことパートでやっていたんだけど。他に何かやりながらみたいな感じで。とにかく、3年経ったら介護福祉士が取れるとは考えていた。

 

星:一つの目標。施設入っても3年間は働くとか。

 

C:どうやら、その介護福祉士は国資で取れば何かほかにできるみたいなので、でやってみたのが〇〇〇〇△△△△でサ責。社員として働いたのはそれが初めてです。何にも分からないサ責だったんですけど。そのあと、訪問介護事業所は6ヶ所。

 

星・A:多いね

 

C:最初、まだヘルパー2級の時代に2ヶ所、でとって初めてサ責になったところが1ヶ所とそれからちょこちょこと。あとは、中に入ってみたらぐっちゃぐっちゃで、もうとんでもなくて、で、入って1,2ヶ月で閉鎖しかないという、閉めに行ったみたいな所もあります。

 

星:でもここも自分が来たときさ、相当ぐちゃぐちゃだったよ。悪いけど。

 

A:ぐちゃぐちゃだから呼んだんだもん。

 

星:むしろそれが普通か(苦笑)

 

C:閉めるために行ったのと変わらない状況だから。利用者さんが浮いちゃうでしょ、だから自分の知ってる事業所に情報提供して何件か引き継いでくださいみたいな感じで、前の職場の同僚にお願いしたり。どうにかしないと利用者さんは明日から結局困るわけじゃないですか。

 

星:ケアマネ何してたの?って話なんだけど。

 

C:ケアマネはもうその時いなくなってたし、ひどい噂のケアマネであの〇〇〇〇から移ってきたケアマネで。

 

星:まだこの辺にいるの?

 

C:いやいや。とにかくもう、ブラックなんてもんじゃない。醜かったですよ。そしたらある日新橋の事務所に荷物を全部持っていかれてしまって、最後に電話と利用者のファイルとだけ残ってて、机も全部ないんですよ。もうしょうがないい、事務所も引き上げちゃってて、管理者一人、私より年配の人と二人で「〇〇さんお願いします」って最後の人まで引き継ぎ。責任があるじゃないですか利用者さんには。

 

星:だからね、責任感がある人が貧乏くじ引いちゃうの。

 

C:でも、そんなひどい所ではあったけど、そんな所でも給料は払ってくれた。

 

星:じゃ、いいじゃん。払わない所あるからね。

 

C:閉めにいったような所だから、ぐちゃぐちゃだからそのまま逃げられてもおかしくないところだったんだけど、ちゃんと最後まで給料は振り込んでくれた。そういうお金の面では嫌な思いはしなかった。

 

A:珍しいよね。

 

星:なかなかないよね

 

A:ほとんど夜逃げだもんね。

 

星:川崎にいたとき、事業所のほかの事もやっていた社長。夜逃げした2人くらい知ってる。給料なんて払わないよ。

 

C:もう払わないでいいから、いい加減にもう終わりにしてみたいな?

 

星:そんな了承レベルの話しじゃなくて、事業所普通に運営してたの。だけど、資金繰りがダメになって、それでも現場は社長の問題だからって気にしてなかったんだけど、ある日いきなり社長がいなくなっちゃった。で、急に閉めることになった。

 

C:そのまま踏み倒されちゃって

 

星:そう、踏み倒し。給料も払わないし、そのまま行方知れず。

 

C:お給料の面では、ま、嫌な思いしたことはない。

 

星:でも、それは奇跡的に恵まれている。

 

C:なんだかんだで、6ヶ所知っていますね。本当に社員で働いたのはサ責やったところだけで。で、主人もそうなんだけど、主人の妹も50代で癌で亡くなっていて、今の所で姑も同居してたりした。さあやろう!と言う時になると具合が悪くなっちゃうの。

 

星:なんか色々起るんだね。

 

C3年で介護福祉士。5年やるとケアマネ取れる。ていうのがあるので、そういう点では目標って言うとかっこいいんだけど、ただ働いていると惰性になっちゃうから目指すものがあって。

 

星:まじめだね

 

C:何か目標がなければダラダラになっちゃうじゃないですか。5年やってケアマネ1回落ちちゃって。忙しかったか全然勉強してなくて、ちょっとなめてもいたのから。次はちゃんとやって、一応受かって、まあ近いからって理由で〇〇〇に入って週に3日〇〇〇でケアマネを始めた。始めたのはいいのだけど、今度は義理の妹、主人の妹が卵巣がんになっちゃって、もう入退院繰り返して、本当に情けないんだけど、家に病人がいると本当に新しい事が覚えられないんですよね。

 

星:意識が集中できないんだよね。

 

C:そうそう。本当に新しいことなんか教えられてもできないんですよ。ファックスの送り方とか、本当に初歩的なことを教えられているのに、間違えて送ったりね。本当に初歩的なミスを繰り返して、もうダメです、ダメです、って。〇〇〇の管理者やっていた人からいろんなことを教えてもらったんだけど、ケアマネって月1訪問するじゃないですか。その人から引き継いで、「今度から担当になります、宜しく」って言って。で、もう次の月に一回一人で訪問して、その次の月には「すみません、ケアマネ代わります」みたいな。家に病人がいて、そこにまた高齢の姑がいたんですね。こんなスタンスでしか仕事ができないなら自分ではもうダメだと思った。

 

星:多分精神的にちょっとおかしかったんだね。そういう時期は。

 

C:そうそうそう。もしかしたら病気ですよね。新しい事を覚えたいとか、やる気はあったんですね。ケアマネやりたくて、とにかく取れたんだから、と思ってやったんだけど、全然ダメだった。とにかく3ヶ月で辞めちゃって。そうしたら、辞めて1か月位して妹が亡くなっちゃったんです。卵巣がんで。今度はその時80代の姑がおかしくなちゃって介護認定を受けたりと。介護ベッド借りただけでしたけど。

 

星:他のサービスは利用しなかった。

 

C:利用するほどではなかったんですけど。だけどやっぱり今度、母が家にいる。まあ、、、

 

星:気にしちゃうからね。

 

C:気になっちゃうんですよ。まあ、別に要介護状態じゃなくて、凄く自立している人なんだけど。それでも家にいて、私も家にいて、変な話、何かやりたいわけですよ。で、何かやりたいって言って、ちょこちょこ仕事したり、傾聴ボランティアの研修を受けてやったり。

 

星:Cさんって回遊魚タイプだよね、じっとしていられないでしょ。

 

C:そうそうそう。なんかできるんじゃないかみたいな。新聞でもいい。なんか私にできることはないだろうか。別に母が家にいたって、普段は用事ないんだし。とにかく、なんだかんだやり始めたら6種類くらいになっちゃったりして。

 

ま、話を戻してと、なんで、なぜサ責をやりたかったか?

 

一同:笑

 

C:この世界に入ってヘルパー始めて、人のお宅にピンポンって行って、その頃まだ慣れていなかったりすると、例えばちょっとこう汚れていたりすると、わっ!て片付けたくなる。

 

一同:笑

 

A:そうなんだよね。

 

C:下に落ちていても、これはゴミじゃないかも知れない。

 

星:気にしない。

 

C:そう。この人にとって宝物かも知れない。跨いで通れるくらいにならなきゃダメだって言うけど、できない。最初、それすらもできなかった。私にとってゴミでも、その人にとって宝物かも知れないって言う考えができない。

 

星:はじめはなかなか難しい。

 

C:知らないお宅にピンポンって開けて、こんな汚かったら、わっ!とか言っちゃうタイプだったから。とにかく全然ダメだと思っていたけど、段々と、、、

 

星:慣れてくるでしょ。

 

C:そう。こんな私でも受け入れていただいて、なんか、家政婦とは違うんだって。

 

星:全然違うね。

 

C:まだまだその頃、介護保険が始まった時代だから、家政婦と間違われて。

 

A:今でも間違えられるときはあるけど。

星:それでもかなり減ったと思うよ。理解が深まっているから。

 

C:でも、自分にも責任がある。家政婦とは違うんだっていう。やっぱり、凛とした、自分がちゃんと持っていれば家政婦に間違えられても、何か違うんだっていうのも自分にも責任があるんじゃないかと思ったんですよね。で、おこがましいんだけど、そういう人を育てたい。って言うか。すごい偉そうなんだけど、自分の考えをちょっと、なんていうのかな?

 

植えつけて、そういう人を育てたらいいかな?なんてちょっと思っちゃったんだけどね。一緒にペアを組んでくれた人が良かったんだけど、けっこう、いい感じだったんですよ。ですけど、そこにまた、家庭の事情が入ってきて、あの、ダメになっちゃったんですよ。本当にね。そうなんですよ。その、そんな志があったんですよ。

 

星:でも、ずっと続けているわけだから。

 

C:でも、ちょっと違ったかな、って思うときもありますよね。でも、それでよかったのかな。もしあそこを辞めていなかったらとか時々思うときあるけど。

 

星:逆に大変だったかも知れないし。

 

C:そうそう。多分ね、あの、みんな病気になるんで、いけないんだけど、そこに家庭の事情がところどころに入ってくるんで、辞めざる終えない。もしそうゆうのがなかったら、変な話、家族が病気にならなかったら、もっともっとなんかずっと同じ所にいなくちゃいけないと今度自分が追い詰められちゃうタイプだなと思う時もあります。

 

星:今が一番自由なの?

 

C:だから、あの、どうしてこちらにきたかって言ったら、もう私の中ではもう、この仕事、年も年だし、全部終わりって感じだったんです。

 

星:マジ?

 

C:なんでひかれたかって言うと、さっきも偉そうなことを言っちゃったんですけど、星さんの文章。

 

A:すごいじゃん

 

C:一つ一つ、話すテーマ。最初、女性だと思ったんですよ。

 

星:最初にそう言われたの覚えている。

 

A:そうなの?

 

C:だって、この世界女の人多いじゃないですか。男性っていうのは一切頭になかった。

 

星:訪問のね、責任者でちゃんとやっている男性ほとんどいなかったよ、介護保険の初期は。。

 

C:基本的にこの世界の男性はちょっと変ってイメージ。

 

A:男性だったけどちゃんとしてるよね。

 

星:いや、変だよ。変であることは否定しないよ。個性的って言えば個性的。

 

B:個性的、一番いい言葉だね。

 

C:一つ一つの仕事の意味を考え、きれいごとじゃないんだ。っていう、その辺の所をね、何回目に出した広告か分からないけど。その辺。

 

星:3回目くらいかな。

 

C:それで、ちょっと待てよ。って心が動いちゃったんですね。

 

A:後、3人くらい動いて欲しいね。

 

星:いや、でも、潜在的には引っかかる人はもっといるんだろうなと思いながらやってるんだけど。

 

A:あ、でもその後、Dさんが来たよね。

 

星:そうそう、Dさんはそれで来てくれたんだよ。他にもそれで応募してきてくれている人もいるんだけどね。毎回文章は変えてるんだけど、まあ、事業所のカラーとかって募集の広告では何も出ていないからね、条件とかイラストだけで。今の出し方は、実は昔からやっていたやり方で、当時は人が足りても足りてなくても、各季節ごとに出してたの。1年に4回、定期的に出してた。そうすると1年前に出した広告を持ってて応募してくる人もいて、やれるようになったらここで働きたいていってきてくれた人がいて、地域で事業所のカラーが認知されていたんだよね。自分もあまり人は採用しませんって周囲に言っていたし、で、まあ1年に1人、23年に1人でもいいやくらいに思っていて、だいたい採用したらみんな長い人で8年、9年やっていて、5年、3年とかってみんな辞めない。辞める人って事情があって、どうしようもなくて辞める人以外いない状態だったから。そういう風にしたいっていうのもあるから、それだけの事を自分がやらなきゃいけないって事でもあるんだけど。ま、でもそういうカラーはちゃんと出てて、読んでくれた人がいてよかったって思いますよ。

 

C:あの文章を読まなければ、もう、多分ボランティアでもいいかなってちょっと、思っていた時もあるのですけどね。ちょっと待てよ、資格があるのにもったいないなって、ボランティアってのもなって思って。

 

星:そういえば、どっかでボランティアって言いながら大変な目にあってたじゃん

 

C:あの、◇◇◇◇◇◇◇に行って

 

―― 一部掲載自粛 ――

 

C:それの、進行とかね。なんか見学に行ったら、じゃ、来週からどうですか?ボランティアにしてはちょっと重い。デイだってね、ちょっとねデイで仕事していたときもあるんですけど、デイはなんで行ったかて言うと、これも理由がありまして。たまたま港区のある会合に夜行ったらばったり合っちゃったんですよ、お世話になっていた人に。何もしないで家にいたときに、デイの生活相談員が足りないって言われてしまって。

 

星:その会合は〇〇〇がやっているやつ?

 

C:そうです。でも参加者は港区の△△や△△△とかばかりで、住民代表の3人くらいのうちの1人でいったんです。これが、いいんですよ。1回いくとすごい謝礼がもらえる。2時間くらい座っているだけで。

 

星:そっちの方か、下々の方が行く方じゃないのね。

 

C:年に3回くらいあるんだけどもっとないかなって思ったのだけど、もう終わっちゃったんですよね。そこでばったりとお世話になった人に会って、「今何をやっているの?」って。生活相談員がどうしても足りないからって、週に23日だけですが。まあ、それはそれはひどい状況でしたけど、でも、なんだかんだ言って2年以上やったのかな。

 

星:常勤だったらできなかったんじゃないの?

 

C:できない、できない。とんでもないです。で、辞めてもう、じゃ、これきっかりで辞めようと思ってたんですが、今はこちらでお世話になってます。褒め言葉ではないけど、これ以上の事業所はないと思います。私にとっては次の事業所はないです。ここを辞める時は全部辞めます。

 

星:自分もね、自分でも変な話だけど、昔訪問やってた時も、結局自分が辞める時に皆も辞めないといけなくなってしまって、その時、みんな訪問では他の事業所で二度と仕事はできないって言ってた。掛け持ちしてやってて仕事だからしょうがないからっていう人とか、食べていく必要がある人はまだやってるけど。やっぱね、そういってくれるのはありがたいとは思うし、それだけのことはやったんだなって思える。

 

B:私も他には行きたくないもんね。

 

C:この業界を知ってて、6ヶ所訪問介護を経験して言うんだから重みはあると思います。初めてきた所ではないし、後片付けに行ったところもあるくらいだから。間違いないと思います。

 

星:でもね、まだ、全然出来上がっていないから。形もまだまだ。以前やっていた時はそれこそ9年近くやってたから、長かったし地域でのこともいろんなことやっていたけど、やっぱり、その頃からいつも思っていたのは、みんなそれぞれの事業所やっている人たちって、小規模の訪問介護事業所はとくにそうなんだけど、自分たちのやりたい事をやっちゃう。だからそれは組織としてとか、指定を受けて公的サービスを提供する事業所としてどうなのか、とかっていう考えが全然ない所が多かった。そういった視点や問題意識を地域でどうやって育てていくかっていう機能が港区にはまったくない。

もっとも、神奈川県はもともと介護保険が始まった当初から県主導で取り組みをしてきていたし、中でも川崎はそういった意識がとりわけ強かったから特別かもしれないけど。そんなことも含めて、他の地域と比較すれば港区で訪問介護をやるのって大変だってのは昔から知ってはいた。所得層の高い地域でヘルパーをやる人が少ないし、実際に過去のデータでも裏付けられているし、どこの事業所も職員を確保するのが大変。土地代も高いから事業所運営も大変。で、自分は港区で特養にいて、デイにいて、ますます、港区大変だなと思っていて、なぜか港区でやらなくてはいけなくなったんだけど、それはね、逆に面白いと思うんだよね。

だって他の地域で事業所運営やったらいくらでも自分で結果を出せるのは分かっているから、それはもう面白くない。それに、もう介護保険の事業所をただやるだけでは地域を支えていくことはできないし、地域包括ケアシステムと言われているものだって所詮は医療・福祉・介護ベースの話だし、地域の資源を活用するノウハウ次第で様々な支援ができるにしても、生活上の身近な問題はまったく変わることなくそこにあるわけだから、そこをどうしていけるかということまで踏み込んでやっていくことが必要だと思っている。

あとは、形として与えられたネットワークではなくて、自分たちで動いて関係性を作って機能する本当に意味のある連携を築いていかないといけないと思っているけど、それはもちろん事業所内でも同じで、如何に情報共有して阿吽の呼吸で利用者の利益のために対応していくことができるかが重要になってくる。そのためには、やっぱり意識の高い人というか、こんな風にいろんな経験してそれでも介護に関わっていく中で仕事を楽しんでいける人たちが必要だと思う。

 

この地域にも問題意識のある人達がいるはずだから、もちろん、絶対数は知らないけど、でも知らないだけで、絶対に何か疑問を持ってたりとか、いろんな人はいると思う。ただ、情報がない、アクセスするところがない。だからその道をちょっとこちらからどんどん切り開いていきたいなと思ってます。ま、そんなわけで、結局そんな人が集まってくる事業所になればなと、まだまだ始まったばかりだから、みんなで一緒に作っていって欲しいなって思ってます。